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大阪高等裁判所 昭和29年(ネ)235号 判決 1957年2月04日

控訴人 京神倉庫株式会社

補助参加人 三露産業株式会社

被控訴人 東邦物産株式会社

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金七二〇、〇〇〇円及び之に対する昭和二六年四月一三日以降支払済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人の其の余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人と被控訴人間に生じたものは全部控訴人の負担とし、補助参加によつて生じたものは補助参加人の負担とする。

此の判決は、被控訴人が控訴人に対し金二五〇、〇〇〇円の担保を供するときは第二項に限り仮に執行することができ、控訴人が金二五〇、〇〇〇円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方及び控訴人の補助参加人の事実上の陳述、証拠の提出認否援用は、被控訴代理人において、「被控訴人と訴外大東貿易株式会社(以下大東貿易と称す)間の本件売買契約は、大東貿易が昭和二六年三月一九日午後四時迄に代金を持参支払わざることを解除条件とする契約である。」と述べ、当審証人長浜叡三の証言を援用し、尚原判決中甲第八号証とあるのは、甲第八号証の一、二の誤につき甲第八号証の一、二と訂正する、丙第一、二号証の成立は不知と述べ、控訴人の補助参加人において、「本件荷渡依頼書の発行交付は、被控訴人の明かに自認するとおり控訴人に対する本件貨物に対する寄託契約の解除であると共に補助参加人に対する本件貨物の受領権限授与の意思表示であるから、被控訴人主張の如き控訴人に対する一片の通告だけでは、本件荷渡依頼書による意思表示の全体を取消し、本件荷渡依頼書を無効とすることはできない。殊に法律は、意思表示の取消については、一定の要件を必要とし、濫りに表意者がなすべき意思表示の取消を許していないのであつて、本件荷渡依頼書の発行交付とは全く法律上別個の事実であつて所謂意思表示の縁由に該当する大東貿易の代金不払又は特約を理由として善意無過失の第三者たる控訴人に対する前記荷渡依頼の意思表示を取消すことはできない。次に、被控訴人は、控訴人が本件貨物を補助参加人に引渡したことにより実質上何等の損害を被つていない。即ち被控訴人は、本件貨物を大東貿易に売渡し、大東貿易は之を補助参加人に転売し、夫々当該売買契約の履行として、被控訴人は大東貿易の依頼により補助参加人に直接本件貨物を引渡すことを承認し、その授受を了する趣旨で荷渡先を補助参加人と指定した本件荷渡依頼書を大東貿易に発行交付し、大東貿易は之を補助参加人に交付したのであるから被控訴人大東貿易及び補助参加人間においては、本件貨物の所有権は補助参加人に移転したと同一の効果が発生し、従つて、被控訴人は本件貨物の所有権を有しないようになつたのであるから、控訴人が本件貨物の実質上の権利者たる補助参加人に本件貨物を引渡し補助参加人に対する責任を遂行したことが仮令被控訴人の意思に反したとしても、被控訴人はこれにより何等の損害を被る余地がない。

仮に、被控訴人が依然として本件貨物の所有権を有していたとしても、被控訴人は、本件貨物の買主たる補助参加人に本件貨物の受領権限を授与し、その処分権を失つているのであるから、本件貨物の正当な受領権利者たる補助参加人が、控訴人から本件貨物を受領するにつき、仮令被控訴人の意思に反するところがあつたとしても、被控訴人は、補助参加人の本件貨物の受領により損害を被る余地はない。

仮に、補助参加人の前記主張が理由ないとしても、被控訴人が補助参加人に対し本件貨物の受領権限を授与したことは争がないのであるから、若し控訴人が本件貨物を補助参加人に引渡することを拒絶したときは、補助参加人は外国商社に対する本件貨物の引渡を履行することができず、当然損害賠償の義務を負担し、従つて被控訴人は補助参加人に対し、一旦与えた受領権限を満足させなかつた責任上当然損害賠償義務が発生するから、控訴人はこれを未然に阻止する為、民法第五〇〇条の規定によつて被控訴人の為代位履行したのであるから、仮に控訴人が被控訴人に対し被控訴人主張の如き本件貨物の返還義務があつたとしても、右代位履行により補助参加人に代位して本件貨物の受領権限を行うことができるのであるから、被控訴人に対し負担する本件貨物の返還義務は混同により消滅した。

従つて、被控訴人は損害を被る余地がない。」と述べ、丙第一、二号証を提出し、当審証人杉原博(第一、二回)、同末藤達人、同魚谷章、同福地文治の各証言、当審における鑑定証人馬場徹也の証言を援用した外、原判決事実摘示と同一であるから、之を引用する。

理由

被控訴人が、昭和二六年三月一〇日控訴人と人絹ハンカチーフ一七吋平方のもの二、〇〇〇打(以下本件商品と称す)につき寄託契約を締結し、控訴人が、同日本件商品を控訴会社神戸支店倉庫に保管したことは、当事者間に争がない。原審証人吉田久一、当審証人長浜叡三の各証言によると、同月一七日頃被控訴人は、大東貿易に対し、本件商品を代金七二〇、〇〇〇円とし、右代金を同月一九日午後四時限り支払うこと、右約定の日時迄に代金を支払わぬときは右売買契約は失効する約定で売渡す旨合意したことを認めることができる。そうすると、右売買契約は、同月一九日午後四時限り買主たる大東貿易の代金不払を解除条件とした売買契約であることは明かである。

そして、被控訴人が、同月一七日附で本件商品につき控訴人宛、補助参加人を荷渡先とする荷渡依頼書(甲第二号証)を発行し、同月一九日之を大東貿易に交付し、大東貿易は、更に之を補助参加人に交付したことは、当事者間に争がない。しかるに、原審証人吉田久一、当審証人長浜叡三の各証言によると、大東貿易は、約定の同月一九日午後四時迄に前記売買代金を被控訴人に対し支払わなかつたことを認めることができるから、前記売買契約は解除条件の成就により以後その効力を失つたものと謂うべきである。そして、同日被控訴人が控訴人に対し、前記荷渡依頼書による本件商品の荷渡依頼を取消す旨の意思表示を為したことは、当事者間に争がなく、成立に争のない甲第二、三号証、原審証人吉田久一の証言を綜合すると、被控訴人は、右取消の意思表示を同月一九日午後四時電話で控訴人に為すと共に、同日附書面で控訴人に対し、前記荷渡依頼書による荷渡依頼を取消す、追而被控訴人から改めて荷渡を依頼する迄本件商品を保管願いたい旨通告し、控訴人は、被控訴人から控訴人に対し、右の如く荷渡依頼の取消があり、改めて荷渡依頼書を入手しない限り荷渡しないことを承認したことを認めることができる。尤も、成立に争のない甲第七号証によると、控訴人が、昭和二六年四月二一日附書面で被控訴人に対し、右承認(甲第四号証の覚書によるもの)は被控訴人の詐欺及び強迫による意思表示であるから之を取消す旨通告したことを認めることができるが、右覚書による控訴人の意思表示が被控訴人の詐欺及び強迫に因るものであることを認めるに足る何等の証拠がないから、右取消の意思表示はその効力を生じないものと謂わなければならない。次に、補助参加人は、本件荷渡依頼書の交付は、控訴人に対する本件商品に対する寄託契約の解除の意思表示であると共に補助参加人に対する本件商品の受領権限授与の意思表示であり、補助参加人に之を交付することにより被控訴人は本件商品の処分権を喪失したのであるから、被控訴人から控訴人に対する通告だけで右荷渡依頼書による意思表示を取消し、荷渡依頼書を無効とすることはできないし、殊に本件荷渡依頼書の発行交付とは全然別個の所謂意思表示の縁由に該当する大東貿易の代金不払又は特約を理由とし、控訴人に対する前記荷渡依頼の意思表示を取消すことはできないと主張するが、元来荷渡依頼書は倉庫証券等と異り法律の規定に基き発行されるものではなく、物品の寄託者が倉庫業者その他の受寄者宛に寄託物を寄託者の指定した者に引渡されたい旨の依頼を為す書面で、荷渡依頼書に荷渡先と指定された該書面を所持する者は、受寄者から該書面に記載の物品を受領する権限を有するに至り、受寄者は、荷渡依頼書による荷渡依頼が取消されることなく、該書面の呈示を受け、当該受寄物をその呈示者に引渡した場合には免責されるに過ぎないものである(原審鑑定人有田喜十郎、同山戸嘉一の各鑑定の結果参照)。そして、本件荷渡依頼書が右と同性質を有するものであることは、前掲甲第二号証の記載及び弁論の全趣旨から明かである。そうだとすれば、本件商品の寄託者たる被控訴人が受寄者たる控訴人に対する意思表示によつてのみ、本件荷渡依頼書による荷渡依頼を取消すことを得ることは言を俟たないところであつて、当時の本件荷渡依頼書の所持人であつた補助参加人に対する法律関係は、その交付の原因関係によつて決せらるべき問題である。しかるに、被控訴人は、被控訴人と大東貿易間の本件商品に対する前記売買契約は、大東貿易の代金不払による解除条件成就により売買契約が失効したことを理由として、控訴人に対する本件荷渡依頼書による荷渡依頼を取消したものであることは、既に認定したとおりであるから、被控訴人が右の取消を為したことは、当然の処置であつて何等不当な点はないから、補助参加人の右主張は採用できない。

次に、補助参加人は、被控訴人が本件荷渡依頼書による荷渡依頼を取消す以前に補助参加人は右荷渡依頼書を控訴人に呈示し名義書換を為したから、被控訴人によつてその後になされた取消はその効力を生じないと主張するが、原審証人杉本順一郎、原審及び当審証人末藤達人、同魚谷章の各証言によると、補助参加人が本件荷渡依頼書を補助参加人方に偶々来合せた控訴会社の社員に交付したのは、同月一九日午前一一時頃であつたが、同社員が控訴会社神戸支店に之を持帰つたのは同日午後四時過で既に被控訴人から取消の電話があつて控訴会社神戸支店が之を承認した後であることが明かであり、しかも控訴会社の外交員がその荷渡依頼書を受領したとき直ちに荷渡依頼書の呈示があり、その所持人と倉庫業者間の法律関係が確定するのではなく、右外交員が営業所に荷渡依頼書を持帰り、印鑑等を照合した上該荷渡依頼書が適法に作成されたものと認め受理したときに初めて荷渡依頼書の所持人と倉庫業者(当該物品の受寄者)との間に法律関係を生じ権利義務の関係が確定されるものと解するを相当とする(原審鑑定人有田喜十郎の鑑定の結果)。そして、それ以前においては、寄託者は何時でも荷渡依頼書による荷渡依頼を取消すことができるのであるから、被控訴人の為した取消は完全に効力を生じたものと謂わなければならない。従つて、補助参加人の右主張は理由がない。以上認定のとおり被控訴人から控訴人に対する本件商品についての荷渡依頼は、昭和二六年三月一九日午後四時頃に取消され、且つ、改めて荷渡依頼書を出す迄は本件商品を引渡さぬよう通告し控訴人は之を承諾したのであるから、右日時以後控訴人は、被控訴人の新な荷渡依頼又は請求がない以上何人にも本件商品を引渡すことができないものと謂わなければならない。しかるに、原審証人杉本順一郎、原審及び当審証人末藤達人、同魚谷章の各証言を綜合すると、補助参加人は、同月一九日午前一一時大東貿易から本件荷渡依頼書の交付を受け、同日来合せた控訴会社の社員内藤貞一に交付し、名義の変更と本件商品の引渡を求めたので、内藤貞一は、之を控訴会社神戸支店に持帰つたが、同人の帰社前同日午後四時頃被控訴人から控訴会社神戸支店に対し、右荷渡依頼書による本件商品の荷渡依頼を取消すから引渡さぬようにされたい旨の電話があつたので、控訴人は補助参加人から請求の本件商品の引渡を一旦は拒んだが、同月二二日頃補助参加人は、控訴人に対し本件商品を引取る権利がある旨主張し、且つ、万一被控訴人と控訴人間に本件商品につき粉争が生じた場合には補助参加人において責任を持つから本件商品を引渡されたいと申入れたので、控訴人は、被控訴人の承諾を受けることなく同日補助参加人の指図により本件商品を訴外富士産業株式会社に引渡を為したことを認めることができる。そうすると、控訴人は、被控訴人から本件商品に対する荷渡依頼の取消があつた後何等被控訴人の承諾を受けることなく、本件商品を補助参加人に引渡したのであるから、本件寄託契約に違反したことは明かであつて、被控訴人に対し本件寄託契約に基く債務不履行の責任があるものと謂わなければならない。しかるに、補助参加人は、之よりさき同年二月一七日本件商品を大東貿易から買受ける旨契約し、大東貿易は、右売買契約の履行の為同年三月一七日被控訴人から本件商品を買受け荷渡依頼書によりその引渡を受け、同月一九日右荷渡依頼書を補助参加人に交付したのであつて、右各売買は特定物の売買であるから、本件商品の所有権は補助参加人に移転し、被控訴人は本件商品の所有権を喪つて居り、控訴人は正当な所有者である補助参加人に本件商品を引渡したのであるから、控訴人には債務不履行の責任はないと主張するから之を案ずるに原審及び当審証人末藤達人、同魚谷章、同杉原博(当審第一、二回共)、同福地文治の各証言を綜合すると、補助参加人は、同年二月一七日頃大東貿易から人絹ハンカチーフ二、〇〇〇打を代金は船荷証券発行後払の約で買受ける旨契約したが、大東貿易は、当時右契約の目的物たるハンカチーフを所有せず他から買受けてその引渡を為す予定であつたこと、大東貿易は、同年三月一七日被控訴人から人絹ハンカチーフ二、〇〇〇打を買受ける旨約し(該契約が解除条件附売買であることは既に認定したとおりである)、被控訴人発行の本件荷渡依頼書の交付を受け、同月一九日之を補助参加人に交付したことを認めることができる。右認定の事実と、既に認定の被控訴人と大東貿易間の本件商品の売買契約が解除条件の成就により失効した事実並びに弁論の全趣旨とを綜合すると、大東貿易と補助参加人間の右売買契約は、特定物の売買ではなくして不特定物の売買であり、大東貿易が他から人絹ハンカチーフ二、〇〇〇打を買受けて之を補助参加人に引渡すことにより履行されるものであることは明かである。しかるに、被控訴人と大東貿易間の本件商品の売買契約は、同年三月一九日解除条件成就により失効し、本件商品の所有権は被控訴人に後帰し、大東貿易は、同日以後本件商品の所有権者ではなくなつたのであるから、之を補助参加人に移転することができないことは明かである。尤も大東貿易は、同日補助参加人に対し本件荷渡依頼書を交付したことは前記のとおりであるが、荷渡依頼書には後に説明する如く物権的又は債権的効力がないから、その交付によつて、本件商品の所有権の移転又は引渡の効力はないものと謂わなければならない。従つて、控訴人が本件商品を補助参加人に引渡した同月二十二日当時における本件商品の所有権は、被控訴人に在つて、補助参加人には属していなかつたことは明かであるから、本件商品の所有権が当時補助参加人に属していたことを前提とする補助参加人の主張は採用できない。次に、控訴人及び補助参加人は、荷渡依頼書の授受があつたときは、同書記載の物品の所有権移転があつたと同一の効力を有すること又は同書記載の物品の引渡請求権の取得を認めることは、阪神地方における商慣習であり、本件においては、本件商品売買の各当事者はこの商慣習による意思で本件荷渡依頼書の授受を為したものであるから、本件荷渡依頼書の正当所持人である補助参加人は、控訴人に対し、本件商品の引渡を請求する権利を有するのであるから、その請求に基き本件商品を補助参加人に引渡した控訴人には債務の不履行はないと主張するが、右主張の如き商慣習が存在する旨の原審証人内藤貞一、同杉本順一郎、原審及び当審証人杉原博(当審第一、二回共)、同末藤達人、同魚谷章、同福地文治の各証言、当審鑑定証人馬場徹也の証言は、原審鑑定人有田喜十郎、同山戸嘉一の各鑑定の結果と対比して信用できないし、他に右の如き商慣習の存在することを認めるに足る証拠はなく、却つて、原審鑑定人有田喜十郎、同山戸嘉一の各鑑定の結果によると、控訴人及び補助参加人主張の如き商慣習は、阪神地方には存在せぬこと、即ち、本件における荷渡依頼書のように物品の寄託者が、倉庫業者の関与なくして寄託した物品の引渡先を指定して受寄者(倉庫業者その他の保管者)宛に発行した荷渡依頼書は、その所持人から倉庫業者に呈示されて初めて、その所持人と倉庫業者との間に法律関係を生ずるものであり、倉庫業者は、右の如き荷渡依頼書が発行された後においても、その呈示を受ける迄は、寄託された物品については寄託者の指図に従うべきであつて、荷渡依頼書の発行後倉庫業者に呈示前に寄託者から荷渡依頼書を取消す旨の通知があつた場合、倉庫業者は、荷渡依頼書の呈示を受けても、物品の引渡を拒絶しなければならないこと、しかし、寄託者から荷渡依頼書の取消変更の通知もなく所持人から荷渡依頼書の呈示を受け、物品の引渡を了したときは、倉庫業者は寄託者に対する保管義務を免れ、爾後寄託者から荷渡依頼書の取消変更があつても之に応ずる義務はないこと、要するに荷渡依頼書は、その所持人に同書記載の物品を受領し得る権限を与えたものに過ぎず、倉庫業者からみれば、一種の免責証券たる性質を有するに過ぎず、倉庫業者が商法所定の手続の下に発行する倉庫証券と同様な物権的又は債権的効力を認める慣習は存在しないことが認められるから、控訴人及び補助参加人の右主張は採用できない。

以上の次第で、控訴人は、寄託者たる被控訴人の指図に反することを認識し乍ら、本件商品につき引渡請求権を有しない補助参加人に本件商品を引渡したことが明かであるから、控訴人は被控訴人に対する本件寄託物の返還義務を履行することを不能ならしめ、之によつて被控訴人に対し損害を生ぜしめたものと云うべく之を賠償すべき義務がある。

補助参加人は、控訴人が補助参加人に本件商品を引渡した当時においては、被控訴人は本件商品の所有権も処分権も失つて居り、控訴人は正当な権利者である補助参加人に本件商品を引渡したに過ぎないから、被控訴人は控訴人の商品引渡行為により損害を受ける余地がないと主張するが、控訴人が補助参加人に本件商品を引渡した当時本件商品の所有権は被控訴人に属し、補助参加人は何等の権利を有しなかつたことは、既に認定したとおりであり、控訴人が無権利者たる補助参加人に本件商品を引渡したことにより本件商品は、控訴人から被控訴人に返還することが不能となつたものと認めるを相当とし、従つて、被控訴人は本件商品の価格相当の損害を被つたものと認むべきであるから、補助参加人の右主張は採用することができない。次に補助参加人は、被控訴人は本件荷渡依頼書を交付することにより補助参加人に本件商品を受領させる債務を負担したに拘らず、補助参加人に対し何等適法な取消手続を履践していないから、補助参加人が控訴人から本件商品を受領することにより、被控訴人はその責任を履行したに過ぎないから、何等損害を被つて居らぬと主張するが、寄託者が受託者宛に荷渡依頼書を発行し、該書面に荷渡先として指定されその交付を受けた者は、その荷渡依頼書の交付されるに至つた原因関係たる契約が取消又は消滅することなく、又は荷渡依頼が取消されることなく経過した場合、受寄者から該書面記載の物品を受領し得るに過ぎず、右交付の原因関係たる契約が取消又は消滅した場合、又は荷渡依頼が取消された場合には、物品を受領する権限を喪うものと解すべきところ、本件において、被控訴人が本件荷渡依頼書の荷渡先を補助参加人と指定したのは、被控訴人と大東貿易間の本件商品の売買契約が失効することなく履行されることを前提として、補助参加人に本件商品受領の権限を付与したのであることは既に認定した事実により明かであるところ、被控訴人と大東貿易間の右売買は、同年三月一九日解除条件成就により失効したことは既に認定したとおりであるから、之により補助参加人は本件商品を受領する権限を喪つたものと謂うべく、従つて、被控訴人は、補助参加人に対し、本件商品を受領せしめる債務を負担するものではないから、補助参加人の右主張は採用できない。次に、補助参加人は、控訴人が被控訴人に対し、本件商品の引渡義務を負担していたとしても、混同により消滅したから、被控訴人は損害を被つて居らぬ旨主張するが、控訴人が補助参加人に対し本件商品を引渡した当時、被控訴人が補助参加人に対し本件商品を受領せしむべき債務を負担していなかつたことは、前記認定のとおりであるから、補助参加人が仮令その主張の如く外国商社との間における本件商品の取引に基く債務不履行による損害賠償の請求を受ける虞があり之を未然に防止する必要の為補助参加人より控訴人に本件商品の引渡を請求し、控訴人が之に応じて本件商品を引渡したとしても、控訴人が補助参加人に代位して行使すべき権利はないのであるから、混同により被控訴人に対する控訴人の返還義務が消滅するに由がない。従つて、補助参加人の右主張も亦採用することができない。次に、控訴人は、被控訴人は補助参加人に対し本件商品代金を請求する権利があり、補助参加人はその支払能力を充分に有するのであるから、被控訴人は損害を被つて居らぬ旨主張するが、被控訴人が補助参加人に対し、本件商品の代金債権を取得すべき法律上の原因事実を認むべき証拠はないから右主張は採用できない。

進んで被控訴人の被つた損害の額につき案ずるに、被控訴人は控訴人が補助参加人に対し同年三月二二日本件商品を引渡したことにより、本件商品の返還を受けることができなくなり、その所有権を失い因つて損害を被つたものであるから、その額は、同日における本件商品の時価相当額であると認むべきところ、原審証人吉田久一の証言により真正に成立したものと認め得る甲第九号証、同証人の証言によると、本件商品の同年三月一六日現在の時価は、安値相場で金七二〇、〇〇〇円であり、同月二二日頃迄上げ相場であつたことを認めることができるから、本件商品の同月二二日における時価は、少くとも金七二〇、〇〇〇円を下らないことは明かである。従つて、被控訴人は、控訴人の債務不履行により同額の損害を被つたものと謂わなければならない。控訴人は本件寄託契約においては、被控訴人から寄託申込書の提出がなく物品の価格、保管価格、保管料等は未定であり、殊に内容不検査の貨物であるから、金七二〇、〇〇〇円の支払請求に応ずることができないと主張するが、寄託契約は不要式契約であり、控訴人主張の如き文書の交換は、その成立の要件ではなく、且つ、控訴人は本件商品を被控訴人から寄託されたこと、その品質数量をも認めているのであるから、本件寄託契約不履行による損害の賠償額は、不履行当時の本件商品の時価によるべく、特に本件商品はハンカチーフであり、高価品ではないのであるから、内容未検査であつたとしても、控訴人は、その時価による損害賠償の責を免れることはできない。又保管料の約定がなかつたとしても、控訴人は倉庫業者であるから、当然被控訴人に之を請求する権利を有することは勿論であるが、この為に本件損害賠償債務の成否及びその範囲には何等の影響がない。次に、控訴人は、控訴人に損害賠償義務があるとしても、被控訴人は、本件荷渡依頼書の取消を控訴人に対し為したのみで、補助参加人に対し之を為さなかつたのであり、此の点に重大な過失があるから、損害賠償の額を決定するにつき斟酌さるべきであると主張し、被控訴人が補助参加人に対し右主張の取消を為さなかつたことは既に認定したとおりであるが、既に説明したとおり被控訴人が荷渡先として指定された補助参加人に対し本件荷渡依頼書による荷渡依頼を取消す旨の通知を為すべき法律上の義務は認められないのであるから、被控訴人に控訴人主張の如き過失があると為すことはできない。従つて控訴人の右主張は理由がない。而して前掲甲第四号証、成立に争のない同第五、六号証原審証人吉田久一の証言を綜合すると、被控訴人は控訴人に対し、同年四月四日控訴人が前記のように本件商品を補助参加人に引渡したことにつき責任を追求したところ、控訴人は、同月七日迄に解決することを被控訴人に誓約したに拘らず、同日を徒過したので、被控訴人は、同月一一日附書面で控訴人に対し、本件商品に対する損害賠償として金七二〇、〇〇〇円を右書面到着次第支払われたき旨催告し、右書面は翌一二日控訴人に到達したことを認めることができる。そうすると、爾余の点につき判断する迄もなく、被控訴人の本件請求中、金七二〇、〇〇〇円及び之に対する被控訴人から控訴人に右金員の請求のあつた日の翌日である昭和二六年四月一三日以降支払済に至る迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるが、その余の遅延損害金の支払を求める請求は失当であるから棄却を免れない。

よつて右と損害金元本につき同趣旨であるが遅延損害金の点において異る趣旨に出でた原判決は一部失当であるから之を変更することとし、民事訴訟法第九六条第九二条第八九条第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 朝山二郎 坂速雄 岡野幸之助)

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